JYMA 日本青年遺骨収集団

ごあいさつ



特定非営利活動法人JYMA日本青年遺骨収集団
理事長 赤木衛

 

私達は、戦歿者の犠牲の上に整えられた平和と繁栄を享受しているという、ほんの70年前の歴史の経緯を忘れてしまってないでしょうか。

現在の安寧は、世界を相手取って戦い、南海の孤島や極寒のツンドラに眠る、多くの戦歿者の犠牲を礎に成り立っている事を。

 

「JYMA日本青年遺骨収集団」は昭和42年、「学生慰霊団」として発足、戦争の傷跡の残る外地に赴き、旧日本軍玉砕地における慰霊活動を実施していた際、”草むす屍”同然に遺骨が放置されている現状を憂い、「学生遺骨収集団」を結成し、その後広く一般青年層に呼びかける為に「日本青年遺骨収集団」と改称、学生を中心とした非営利団体とし活動して参り、平成十四年十月、東京都より、特定非営利活動法人として認証され、政府・厚生労働省に協力している団体です。

 

近年、民間の非営利団体は、福祉、環境、まちづくりなど幅広い領域で活躍し、その重要性が広く認められております。

私どもは「戦歿者遺骨収集活動」を喫緊の課題として、「戦歿者慰霊」を創団の精神として、次代へ真実を繋ぐため、加えて「諸外国との親善」活動を推進しております。

「慰霊」の前衛を担ってきた戦友世代や遺族世代の先達の衰徴により、今、世界各地で、それらの祭祀が、その主を失っています。

先の大戦では世界各地で多くの日本人が亡くなり、その多くは、増援を送ること叶わず、結果、戦略的に見捨ててしまった人達です。

戦争の史実、多くの人の出血と涙に無関心を決め込むような事になれば、英霊達を更に見捨てる事になり、そうなれば、もはや日本は、文化的国家の資格がないと考えますし、その成員としての我々青年世代の矜持さえも、後世から謗られましょう。

諸外国に例を引くなら、これらは公の力により、国家の加護の下に置かれて然るべきなのでしょうが、先の大戦を冷静に評価する思考を停止してしまった世代や、国に任せようとばかりせず、青年世代が、先輩世代の残した慰霊の灯火を継承し、願わくば我々がその核となっていこうというのが、私達の志でもあります。

私どもは慰霊事業の分野において、行政のフットワークでは出来ない仕事や、利潤追求を原則とする企業活動には及ばない事業を手がけて参る所存です。

 

私どもの活動にご賛同とご支援を賜り、新たな仲間が参画してくださる事を切望いたしております。


特定非営利活動法人JYMA日本青年遺骨収集団
平成27年度学生代表  黒田一樹

 

初めまして。今年度の学生代表を務めさせていただきます、東洋大学3年の黒田一樹と申します。

当法人の一員となってから一年を迎えます。

 

私がJYMAへ入団した経緯を申し上げますと、昨年(平成26年)の沖縄自主派遣でした。

当時の私は遺骨収容のことは何も知らず、先の大戦で亡くなった方のご遺骨が未だに眠られているという実態さえ疑うほどでした。

しかし悲しいかな、沖縄で活動するに従い私はそのことへの現実味を感じ、ただただ驚愕するばかりでした。それからのこと、何か自分にできることはないかと思い、この活動を続けてきた次第です。

 

 

あれから一年。JYMAの活動を通じて多くの戦友やご遺族の方々と出会う機会がありました。

そして皆さんが一同に願うことは「早く祖国日本へ仲間を、家族を帰してあげたい」ということだと感じました。

 

今年で戦後70年を迎えようとしています。70年という歳月。私はまだ20年しか生きておらず、この70年という年がどれだけの長い期間か計り知れません。

ただ一つ言えることは、この70年という節目は戦友の方々にとって至極重要な節目であるということだと思います。

 

 

本年、遺骨収容の現状が大きく変わろうとしています。また戦後70年も相俟って世間の関心も高まりつつあります。

この風を背に受け、我々と同じ戦争を知らない多くの世代に我々が感じ、そして直面している現状を伝えていけたらと考えております。また先の大戦で亡くなられた方々の御霊を偲び、慰霊の誠をもって日々活動して参る所存です。

 

これまで以上に「伝承」と「慰霊」について深く考え、活動して参ります。至らぬ点も多々あるかもしれませんが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 

【学生副代表】 堀口 舞/駒澤大学法学部3年

平成27年度学生副代表を務めさせていただきます、駒澤大学3年の堀口舞と申します。

大学1年生の夏に初めて参加したガダルカナル島自主派遣から2年が経ち、当時の私にとってとても大きな存在だった先輩方と同じ、3年生になりました。

 

素晴らしい仲間と共に活動出来ることに感謝の念を抱くと共に、自分の置かれている立場に責任を持って活動して参る所存です。

 

戦友の方々やご遺族のご高齢化が進む今こそ、英霊の慰霊そして若い世代への伝承を続けることがJYMAの果たすべき役目であると考えます。

 

「慰霊と伝承」の形はひとつではありません。

様々な形、角度から活動をしていくこと、そして戦争を知り戦争という過去と向き合うこと。

この大きな役目を果たすべく、口先だけではなく自分の足を使って活動していくと同時に、私達の活動が多くの方のご支援・ご協力のもとに成り立っていることを忘れず、常に謙虚な姿勢で活動に取り組んで参ります。

 

戦後七〇年を迎えた本年こそこれからに繋がる一年にし、そして歴史あるJYMAを学生代表を中心により盛り上げるべく、精一杯努めて参りますので今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

 

 

【事務局長】 平野 醇/東京学芸大学教育学部4年

初めまして、事務局長を務めております平野醇(あつし)と申します。時の流れは早く、当法人の活動に参画してから早3年が経とうとしております。

入団したての頃は、右も左も分からぬ常識知らずの若者でありましたが、今では学生の中でも最古参となってしまいました。

また昨年度に続き事務局長という重責を担えることに、改めて身の引き締まる思いが致します。

事務局では、事務所の管理・維持、会計、他団体との調整・連絡等々多岐に渡る活動を展開しております。

 

私がこの活動に携わるきっかけは、今は亡き祖父の存在です。祖父は砲兵として中国華南へ出征し、傷痍軍人となり復員しました。

元来歴史好きであった私ですが、生前の祖父は戦争について一切語らず、また寝床では毎晩のようにうなされており、以来戦争の話をするのはタブーであると幼心ながらに悟っておりました。

そして祖父が亡くなってからのこと、私は祖父に戦争の話を聞けなかったことを酷く後悔し、能うことならば戦争を経験された方からお話をお伺いしたいと思い、この活動に参加しております。

 

私のようなきっかけで参加する仲間も居れば、友人・知人の紹介によって活動に加わる仲間もおります。

重要なことは”入口”ではなく、その”中身”や”過程”だと思います。

すなわち如何に若者らしさを発揮して、慰霊事業・遺骨帰還事業に参画するか、ということです。

戦後70年という節目を迎える本年、遺骨収容に対する世間の関心も御蔭様で高まりつつあると感じております。

同時にこの節目が意味をするところは、これまでに慰霊事業・遺骨帰還事業を担ってきた戦友・ご遺族の世代のご高齢化です。

我々のような若年世代がその志を継承し、また先の大戦の記憶を後世へと語り継ぐ”担い手”とならなければなりません。

あのような惨禍を繰り返さない為にも、我々若年世代に課せられた責務は非常に大きいです。

慰霊事業・遺骨帰還事業を長年に亘り担ってきた当法人としても、若年世代へこの活動の輪を広げること、そして次代へと戦争の記憶を伝承していくこと、これらを果たさなければなりません。

一人でも多くの方々に我々の活動を知ってもらい、能うことならば活動の輪に加わって下さることを願って止みません。

 

そして敢えて申し上げますが、JYMAは戦没者の御霊をお慰めし、亡骸を祖国へとお帰しする、という意を共にし団員一同一致団結して日々活動しております。

裏を返せば、我々は何か特定の宗教や政党、思想・信条に拠るのではなく、上述の1点のみを一致させ、活動しております。

その点をご承知置き願いたく存じます。

 

我々は今後も微力ながらも戦争の記憶を伝承する一翼を担えるよう、全身全霊を以て活動して参ります。

暖かく見守って下さっている支援者の方々はじめ、皆々様には今後ともより一層のご協力・ご支援を伏してお願い申し上げ、私の御挨拶とさせていただきます。

 

 

【広報部長】 

【派遣管理部長】 中村 真吾/東京都市大学工学部2年

平成27年度の派遣管理部長を務めさせていただきます、中村真吾と申します。
私は中学生の頃、拓殖大学学園祭の展示でこの団体を初めて知り、今年の2月に行われた沖縄自主派遣にて初めて遺骨収容派遣に参加させていただきました。


沖縄での活動を経て、3月に派遣管理部長を拝命し、以来活動させていただいております。

派遣管理部では、遺骨収容実施に際して政府・厚生労働省とのやり取りや保険の依頼、参加者への勉強会の実施等を中心に活動しております。
現在派遣管理部を支えている学生の大半は、本年2月の沖縄自主派遣から執行部に入った面々です。

つまり、派遣管理部は新たな体制へと変わる大きな転換期を迎えていると感じております。これを機に、私は仲間達と共により良い体制へと変えていけるように努力して参る所存でございます。


言うに及ばず、私が現地で遺骨収容派遣に参加することで、微力ながらも遺骨帰還事業に貢献できればとも感じております。


かつての激戦地に残されているご遺骨は、110万柱を超えます。
我々の活動が例え微力であったとしても、亡くなった方々お一人お一人に人生があり、家族や恋人、大事な人がいたはずです。

先人たちは大事な存在、大事な人を守るために戦い、そして亡くなったという史実を常に考え、一柱でも多くのご遺骨を日本にお連れすることができたらと考えております。

先輩の方々、理事の方々、そしていつもご支援してくださっている支援者の皆様のお力をお貸しいただきながら、我々は全力で使命を全うしていく所存でございますので、何卒よろしくお願い致します。